シーズンに入ったので近くの山にヒラタクワガタを探しに行ってみた。
車を止めて林道を歩くと、下の方からサーーーという水の音がする。谷合いだから水が染み出していてもおかしくない。しばらく降りていくとやはり小さな流れがあった。小さな流れ、と言ってもまとまっているわけではなく、水溜りが緩慢に続いていると言った感じだった。遭難者でもないのに、水場を発見した時の意味のない安心感はなんだろう。何故か心がホッとした自分が可笑しくてたまらない。シュレーゲルアオガエルの卵塊をちょっと期待したが、軽装で来ていた為、断念して車に戻った。
目当てのクワガタは発見できなかったが、樹液の染み出しているコナラを数本目星を付けておいた。来た道とは別の道から戻ろうとしばらく行くと、小川と並走していることに気づいた。流れの方向からして先ほどの水溜りがさらに集まって流れているのだろう。
次の予定があったから早く移動しないといけなかったのだが、思いと裏腹に目は車を止められるスペースを探している。そしてウェーダーを着てタモ網を持ってしまった。
目の前に水辺があるのに、水辺を眺めるだけで満足し、そこに何が棲んでいるのか確かめずに素通りできるほど、私は人間ができていない。
山間の細流だから、網を入れるほど深くもないし幅もないが、上手の石をひっくり返す手法で色々試す。
トップバッターは、これは必ずいるだろうと思っていたサワガニ。サワガニに出会うロケーションとしては完璧である。
砂礫の中で蠢めく物体、サワガニの赤ちゃんは何とも心和む生き物だ。上流部の超常連だが捕まえずにはいられない愛らしさがある。
まるで踊っているかのようなサワガニ。サワガニのハサミで挟まれると、愛犬に甘噛みで愛情表現されているような錯覚すら覚えてしまうほどに可愛いのだ。
そして驚きのナベブタムシ。
こんなところにいるのだ。こんなところ、というのはこんな身近な場所という意味で、生息環境としてはビッタリと言っていいのではないだろうか。近年はとんと見かけなくなった生き物だろう。カメムシ目の昆虫らしく、ちゃんと口針がある。刺されたら痛いのでしっかり観察した後、帰ってもらった。
しかし、何と言っても驚いたのはこの後だった。
ホトケドジョウではない。ナガレホトケドジョウである。
口から目にかけて黒い線が入ることで区別できる。そもそもホトケドジョウはこんな流れのある山間の細流にはいない。里川と言って良いような流れない小川の、落ち葉が溜まったようなところに好むからだ。
ナガレホトケドジョウの全国分布エリアとしてこのエリアはいわば飛び地であり、遺伝的にも生態的にも独自性が高く、他エリアに分布するナガレホトケドジョウと分けてトウカイナガレホトケドジョウと呼んでいる。漢字にすると東海流仏泥鰌となるのだろうか。戒名みたいである。
今回とれた場所は、このエリアでもあまり報告例のない場所のようである。生息が多く報告されている場所とは離れた場所なのだ。地図にも表示のないような数多ある細流の1つなのだからさもありなん。
ホトケドジョウの仲間は顔が扁平しており、その愛嬌は他のドジョウの追随を許さない。と、私は思っている。ドジョウの中で一番好きなドジョウなのだ。私の住むこのエリアはホトケドジョウも比較的多く見られる。我が家では数匹を飼育しており、今年は繁殖に挑戦中であるが、その模様は稿を改めたい。
今回見つけたトウカイナガレホトケドジョウは飼育はせず、DNA分析に回すことにした。地域的分布の特異性についてその解明に資すれば幸いだ。
細流に沿って降っていくと、やがて川幅数メートルの河川へと成長する。水際に降りていくと、トノサマガエルが数匹飛び出した。ついさきっまでナベブタムシやナガレホトケの登場に騒いでいたあの細流は、いつもの川になっていた。
川遊びマップ 編集長
伊藤 匠