死んだ川とは | 今日もガサガサ日和 Vol.6

2015年4月6日
ガサガサ

IMG_9500

SNSに桜の写真が溢れている。花の開花がニュースになり、皆が桜の木の下に集う時間をわざわざ割く。私はゴザを敷いて呑めや食えやの花見はしないが、素敵だなと思う。桜の美しさもさることながら、暖かな季節の到来を楽しんでいる様は心が浮き立つ。

所謂桜の名所的なところに行くことはないのだが、毎年必ず行くのが妻の実家近くを流れる川の桜並木。屋台が出るわけでもなく、何かステージがあるわけでもない、いつもの川。ただ違うのは川の両岸が桜色に染まっていること。

IMG_9503

今年も家族四人、桜の回廊を歩き、河原でお弁当を食べた。ああ、きれいだなぁ、気持ちいいなぁ。鯉がゆっくりと泳ぎ、他にも付近の住民があちこちでお弁当箱を広げている。

IMG_9507

おにぎりを手に、川べりに腰を下ろしていると、向こう岸の河原を二人の女子がかけて行く。小学3、4年生くらいだろうか。いかにも今風な出で立ちなのだか、タモ網とバケツを持ち、嬉しそうに笑い声をあげて走っていくのだ。そして、靴と靴下を脱ぎ、土手を駆け下り、バシャバシャと川に入って行く。

IMG_9521 IMG_9519

派手な色のタモ網を川の中に潜らせ、掬ってはわめき、移動し、掬ってはわめきの繰り返し。ゲラゲラと笑い、川を横断して裸足で私たちの周りを駆け抜け、また川に戻ってゆく。バケツには何かしら魚がいるらしく、さらなる獲物を狙っているようだ。私はその一部始終を眺め、大声で笑ってしまった。息子はポカーンとしている。私は笑いが止まらず、近くに来たその女の子に「何か採れるの?」と尋ねた。「うん!」とだけ答えると彼女たちはまた川へ。その楽しげなこと。

IMG_9519

こんなに楽しげな川を久しぶりに見た気がした。普段、川で遊ぶ時は私たち以外は誰もおらず、人の声はしない。ましてや川に入っているなんてことはもう皆無といってよい。この川は、コンクリート護岸され、多くの水際が植生のない川だ。「小さな自然再生」として手を入れたくなる川だ。けれどもこの川は大丈夫だと、まだ生きていると、そう思わずにはいられなかった。

死んだ川とは、誰からも見向きもされなくなった川。上から下へと何かが流れ通っていく路、交通を阻害する障害物、生命を危険に晒す警戒区域。そうやって人の視界や興味から消えて、川は死んでいく。

女の子たちが遠くにいるだろう親の元へ帰って行ったのを見届け、私は今日はやめておこうとした決心が揺らぎ、タモ網を取りに駆け出したのだった。

伊 藤 匠

スポンサードリンク


お知らせ



PAGE TOP